エネルギー市場において「水素」に注目が集まる背景

2020年に菅総理大臣(当時)が2050年カーボンニュートラル宣言を表明したことから、日本政府は脱炭素関連施策を強く推し進める形となり、そのなかでもカーボンニュートラル実現のキーファクターとして存在感を強めているものが「水素」となります。今回は「水素」がエネルギー市場において注目を集めている背景について整理します。

水素に注目が集まる3つの背景

水素に注目が集まる背景
  • 国策としての官民連携の投資が進む「水素」:グリーンイノベーション基金(GI基金)などにより、官民連携の大規模投資が行われていること
  • グローバル市場で市場の拡大が続く「水素」:日本に限らず、グローバル市場の成長産業として市場拡大が見込まれること
  • イニシアチブ発揮のため主導権争いの渦中である「水素」:日本・日系企業がイニシアチブを発揮するために、今が勝負時であること

背景➀国策としての官民連携の投資が進む「水素」

日本政府は脱炭素への取り組みをコストではなく、成長投資として捉えた「グリーン成長戦略」として重点分野(14産業)を示し、「水素」はその中の一つとなっています。
これらの重点分野の技術開発に向けて、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に予算規模2兆円の「グリーンイノベーション基金」を創設することで、民間企業の技術開発予算を中長期的に支える姿勢も示しています。

グリーン成長戦略における重点分野

日本のエネルギー自給率は10%~15%程度と非常に低く、なおかつ、石油燃料依存率が80%以上という非常に高い状況であるため、エネルギー安全保障の観点からリスクが高い状況が続いています。
そういった課題のなかで、「水素」は水の電気分解によって調達できることから、石油資源に乏しい日本の新しいクリーンエネルギーとして重要視されており、「グリーンイノベーション基金」の投資先領域の中でも、「水素」に対し多くの予算が投入されています。

参考:グリーンイノベーション基金(GI基金)による技術開発支援の事例

(出所)アックスタイムズ制作 2023年5月8日発行「水素エネルギー陣営・政府の戦略と市場の最前線」より抜粋

1. 液化水素サプライチェーンの大規模実証、革新的液化技術開発

実施事業者:➀日本水素エネルギー、ENEOS、岩谷産業 ②川崎重工業
事業期間:➀9年 ②10年
事業規模:約3,000億円
支援規模:約2,200億円
概要:➀水素供給コストを達成するための海上輸送技術を世界に先駆けて確立するための取り組みとなる。②将来の更なるコスト低減(2050年20円/Nm3以下)を目指した、液化効率を更に高める革新的技術開発のための取り組みとなる。

2. MCHサプライチェーンの大規模実証、直接MCH電解合成技術開発

実施事業者:ENEOS
事業期間:10年
事業規模:約900億円
支援規模:約630億円
概要:➀製油所の石油精製設備等を活用した脱水素技術等の確立、②直接MCH電解合成の技術開発、への取り組みとなる。なお、支援事業として目的別に上記➀②は分かれているが、両者ともENEOSが実施事業者となっている。

3. 大規模アルカリ型水電解装置の開発、グリーンケミカル実証

実施事業者:旭化成、日揮ホールディングス
事業期間:10年
事業規模:約750億円
支援規模:約540億円
概要:余剰再エネ等を活用した国内水素製造基盤の確立、および海外市場の獲得に向けて、アルカリ型水電解装置コストを2030年までに5.2万円/kWに引き下げることを目指している。

4. 高炉を用いた水素還元技術の開発(所内水素を活用した水素還元技術等の開発)

実施事業者:日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所、金属系材料研究開発センター
事業期間:9年
事業規模:約353億円
支援規模:約140億円
概要:2030年までに、製鉄プロセスからCO2排出量を30%以上削減する技術の実装を目指している。実炉実証試験に向けた操業条件の検討、および実高炉(5000m³級)での実証試験を行っている。

背景②グローバル市場で市場の拡大が続く「水素」

日本に限らず、脱炭素はグローバル市場のマーケットトレンドであり、多くの国・地域が2040~2060年を目途としたカーボンニュートラル実現を目標としています。加えて、2022年に起こったロシアによるウクライナ侵攻によって、欧州を中心としてエネルギー安全保障の見直しが進んだことにより、従来の石油資源ベースのエネルギー調達体制から、水素を含む新たなエネルギーをベースとした体制変更が急務となっています。そうした外部環境の変化も追い風となり、グローバル市場における水素の供給量は中長期的な拡大が予測されます。
下表はグローバル市場におけるカラー別の水素供給量の市場規模予測であり、2050年に向けて水素の供給量が中長期的に拡大を続けることが分かります。

カラー別水素供給量(グローバル市場)

(出所)アックスタイムズ制作 2023年6月6日発行「海外の水素関連政策から読み解くグローバル水素市場の展望と日本の位置付け」より抜粋

カラー別水素供給量の推移予測

[カラー別水素の定義

  • グレー水素:石炭や天然ガスなど化石燃料由来の水素であり、環境負荷の高い水素                     
  • ブルー水素:CCS・CCS・CCUS等のCO2回収・貯留技術を用いた環境負荷の低い水素                   
  • グリーン水素:再生可能エネルギー活用と水の電気分解によって製造時にCO2排出がない水素  

現在は化石燃料由来燃料などから製造されるグレー水素の構成比が大部分を占めるものの、2030年頃にはグリーン水素、ブルー水素を併せた構成比は60%を超え、2040年頃には90%近くを占めるまで供給が拡大するとみられる。コスト面で課題を有するグリーン水素においても、水電解技術の進歩や水素利用シーンの拡大による経済性の発揮によって、徐々にコスト低減が進むとみられ、2050年にはグローバル市場で供給される水素の約60%をグリーン水素が占めると予測されます。
このように、中長期的かつグローバル市場で拡大が期待できる市場である点が「水素」に注目が集まる二つ目の要因といえます。

背景③イニシアチブ発揮のため主導権争いの渦中である「水素」

上記②の通りグローバル市場で拡大が見込まれる「水素」市場ではあるが、2023年現在、グリーン水素の製造、および水素発電、燃料電池モビリティ(FCV等)、グリーンスチール、合成メタン(e-メタン)などの「水素」を利活用する産業において、突出して先行する国・地域はみらず、国際的な水素サプライチェーン(海上輸送)も構築過程にある。
そういった中で、各国の政府は、環境保護の観点だけではなく、経済成長の機会として水素市場を活用するために、自国・企業の強みを生かした様々な水素関連政策を打ち出し、市場におけるイニシアチブ発揮を画策している。

水素に関する国家施策・ロードマップの策定状況

水素主軸の国家施策

日本政府においても、日本企業が「水素」関連市場でイニチアチブを発揮できるように、他国に先行した技術開発を進めている。2030年代を一つのターニングポイントとして、世界に先駆けた水素発電の社会実装、また国際水素サプライチェーンの構築等を実現する方針である。そして、世界に先駆けた展開によって、日本がルールメイキング・技術の標準化において主導権(発言権)を強めたい意向が窺えます。
市場が拡大期に入る直前の段階である今日の政策が、中長期的に「水素」関連市場をビジネスチャンスとするための重要局面にもなっていることが、「水素」に注目が集まる最後の要因といえます。

まとめ

石油資源に乏しい日本にとって「水素」は「脱炭素」、「エネルギー安定供給」、「経済成長」の一石三鳥が見込める存在とであり、グローバル市場において日本がイニシアチブを発揮するための最重要フェーズでもあります。
今回整理を行った3つの背景をベースとして、日本、そして世界各国の政府・企業が投資を行うことにより、より一層、「水素」の存在感が強まっていくとみられます。

記事制作 アックスタイムズ

水素エネルギー陣営・政府の戦略と市場の最前線

水素関連の政府推進施策や業態別の水素関連市場への取り組みを整理。また、電気・アンモニアなどの関連エネルギーとの比較も取り入れることで、日本市場における水素活用の方向性を明確化しました。

海外の水素関連政策から読み解くグローバル水素市場の展望と日本の位置付け

米国、欧州、中国、韓国、オーストラリア、中東、および新興国の中でもエネルギー政策を強化しているインドや南米など、幅広い国・地域の水素関連政策を調査し、グローバル市場における水素市場の展望と日本の位置付けを分析しました。