デジタルプロダクトパスポート(Digital Product Passport/以下、DPPと表記)は、製品のライフサイクルに関するさまざまな情報を記録する電子パスポートであり、サーキュラーエコノミーを推進するために欧州で導入が予定されている新たな施策です。今回は、DPPの概要に加えて、DPPに関連する欧州、米国、中国、日本の政策や、業界・企業の動向について整理しました。
なお、アックスタイムズでは、DPPがさまざまな業界・業種に影響を与える重要なテーマであると捉え、「デジタルプロダクトパスポートのグローバル政策・業界対応・市場動向に関する調査 2023年版」を2023年11月14日に発刊しました。この市場調査レポートは、DPPに関する主要国・地域の動向や関連政策に加えて、DPPを主導する機関・組織、市場変化のキーワード、国内・海外の主要企業のDPP関連対応動向、バッテリーパスポートなどのDPPに関する事例など、多角的な観点からDPPを捉えることによって、DPPについて初めて情報収集を行う方にとっても、体系的に市場動向の把握ができるものとなっています。
DPPとは何か
現在、さまざまな国・地域において、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)やカーボンニュートラル実現が国策として推進されており、そのための施策の一つとして、線形経済(リニアエコノミー)から資源循環型産業(サーキュラーエコノミー)への移行が進んでいます。今回のテーマであるDPPは、製品の原材料調達からリサイクルに至るまでの製品のライフサイクル全体にアクセスできる電子的な記録を作成することで、サーキュラーエコノミーの実現に繋げていく施策となります。
資源循環型産業のためのDPP活用
DPPによって、従来、取得・管理が難しいとされていた原材料情報・カーボンフットプリント・再生可能資源の利用率などの情報がデジタル化されます。これらの情報が、さまざま企業・組織・消費者で共有できる体制が作られることで、再利用可能な原材料が廃棄されずに、再度製品化・原材料再利用の可能性が広がります。
注目が集まる背景
DPPは、サーキュラーエコノミー実現に重要な位置付けである一方で、DPPに対応していない製品が市場から排除される可能性もあり、特に欧州市場向けに製品展開を行っている企業にとっては、自社事業へ影響を与える可能性があることから、より一層注目を集めるテーマとなっています。
- 注目を集める背景➀ 市場からの締め出しや参入障壁が高まる可能性がある
- 注目を集める背景② 新たな市場競争が生まれる可能性がある
- 注目を集める背景③ DPP関連の新たなソリューションベンダの台頭が見込まれる
注目を集める背景➀ 市場からの締め出しや参入障壁が高まる可能性がある
DPP導入が定められた国・地域、および対象製品においては、基準に適さない製品は販売ができないという可能性が高まり、さらには消費者側も商品選択の際にDPPによる情報取得が進むとみられます。DPPは、サーキュラーエコノミー実現という持続可能な開発の観点では有効な施策である一方で、対象市場に参入している企業にとっては、市場から締め出されるリスクがあり、新規参入を検討する企業にとっても、新たな対応事項が増えることで参入障壁が高まる可能性があります。
注目を集める背景② 新たな市場競争が生まれる可能性がある
安価なコストで製品を製造できることは、競争優位性を生み出す重要な要素とされていますが、DPPが導入される市場では、環境に配慮した製品を製造できる体制を構築したうえで、コストも安価に抑えるといった厳しい市場競争に発展する可能性があります。加えて、環境性能の高い原材料の調達競争が加速するとみられます。より厳しい競争に直面する可能性があることが、注目を集めている要因の一つです。
注目を集める背景③ DPP関連の新たなソリューションベンダの台頭が見込まれる
DPPでは製品原材料、生産者情報、カーボンフットプリントなどの情報をプラットフォーム上で取得・管理する運用が必要となります。その対応策として、デジタルIDの普及が進むとみられ、各製品に添付したデジタルIDにより、製品情報にアクセスする運用が想定されます。RFIDなど従来の技術に加え、DPPの運用開始に伴って、データの改ざん防止のためのブロックチェーン活用など、高度なデジタル技術を活用するニーズが増加し、それらの技術やノウハウを有するソリューションベンダが今後台頭すると見込まれます。
政策を含めた主要国・地域の動向
資源循環型産業の構築は各国・地域で共通して推進する方針を示しているものの、DPP導入の具体的な展開は欧州に限られています。日本では、内閣SIPにおいて「日本版DPP」の議論がみられるものの、具体的な導入時期や導入産業は具体化していない状況です。
欧州
2022年に発表された「持続可能な製品のエコデザイン規則案」によって、原則的に物理的な製品全般へのDPPが義務化される方針が打ち出されました。具体的には、2026年より自動車産業・バッテリー、2030年より織物産業において規制が開始される予定です。また、その後も他産業への展開が想定されており、欧州域内での取引において、厳しい規制対応が進むと予測されます。
中国
現段階では、DPP導入は未定であるものの、海外からの廃棄物輸入規制などの施策を強化しています。2021年に採択された第14次5カ年計画では、自動車(電池含む)、電子機器、生産財の再製造産業化など、具体的な産業を示した資源循環型産業への行動計画が示されており、今後、DPPと同様にサーキュラーエコノミー実現に紐づく施策を打ち出す可能性があります。
米国
2015年にライフサイクルを通じたリサイクル情報の収集、またその情報活用を重点施策とした持続可能な物質管理プログラムが公開されています。2021年には、2030年までの固形廃棄物のリサイクル率について具体的な目標基準を示した国家リサイクル戦略が公開され、2022年に策定されたIRA(インフレ抑制法)の補助政策には、EV用バッテリーに使用される金属の生産国の条件などが示されています。DPPについて具体的な導入時期は示されていないものの、DPPと同様にサーキュラーエコノミー実現に紐づく施策を打ち出す可能性があります。
日本
具体的なDPPに関する導入時期が未定である点は米国や中国と同様であるものの、内閣府によるSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)では、素材、製品、流通、回収、分別、リサイクルの各段階において、デジタル基盤を用いて連携する日本版DPPの環境構築に関する言及がみられます。また、民間企業単位では日本版DPPを想定した動きがみられ、大手総合商社である丸紅では、日本版DPP導入の想定として、トレサビリティ管理プラットフォームの導入プロジェクトを、2023年よりジャパン・サーキュラー・エコノミー・パートナーシップと連携して開始しています。
業界別の対応動向
欧州では、産業別に具体的な導入時期や運用を構築しながらDPPの導入範囲を拡大していく予定となっています。また、既に電池や繊維ではDPP導入の予定時期が示されており、先行事例として注目が集まっています。
電池(バッテリー)領域
2026年から2027年を目途に、他産業に先行してDPPが導入される予定である。車載電池を始めとして、産業用の電池(バッテリー)を対象にDPPが導入される方針である。2024年に適用予定となる欧州電池規則では、DPPに先行して、製造者、製造工場、ライフサイクル各段階のCO2総排出量、独立第三者検証機関の証明書などを含むカーボンフットプリントの申告が必要となる予定であり、DPPと併せて、電池(バッテリー)の資源循環が強化されていく予定です。
繊維(アパレル)領域
欧州では「持続可能な製品のエコデザイン規則案」に紐づいて「持続可能な循環型繊維製品戦略」が公開され、2030年までに欧州で販売される全てのテキスタイル製品(織物製品)に対するDPPの義務化を要求しています。2023年12月にも、アパレル事業者に対してDPPを含めた衣料品の資源循環を求める法案が合意の方向性で進んでおり、2030年を待たずにDPPが早期に導入される可能性があります。DPPを通じて、従来、アパレル産業などで課題となっていた過剰生産・過剰消費を抑えるために、ファストファッション型のビジネスモデルから、循環型経済をベースとした産業構造へ展開が進むとみられます。
そのほかの領域
EU域内において、耐久性、再使用性、修理性、リサイクル性、エネルギー効率に優れた製品が市場流通するために定められたイニシアティブである「持続可能な製品イニシアティブ」では、建設資材領域が重点対策事項として盛り込まれており、「建設資材規則改正案」として資源循環に繋がる取り組みが盛り込まれています。その中には、DPPのように、デジタル形式で製品に関連する情報を記録・共有できる仕組みの提案などが示されています。今後、電池、繊維、および建設資材だけでなく、幅広い領域へとDPPの導入が広がっていくと想定されます。
日系大手企業の動向
DPPは将来的にさまざまな国・地域、業界への導入が想定され、グローバル市場に展開する企業では特に自社事業への関連性の把握、対応が必要となります。現在、DPP対応を前面に打ち出す日系企業は現在限定的であるものの、トヨタ自動車や丸紅など、既にDPPを意識した取り組みを進めている企業もみられます。
企業事例➀ トヨタ自動車(自動車メーカー)
ブロックチェーン技術に基づくサプライチェーン上のトレサビリティソリューションを提供しています。EUで2026年から導入が義務付けられるバッテリーパスポートの開発プロジェクトへの参画実績などを有しています。
企業事例② 三井化学(化学品メーカー)
同社が推進している、廃プラなどの廃棄物を資源と捉え、再利用していく取り組み「RePLAYER」の一環である資源循環プラットフォームでは、DPP対応も想定し、製造工程、検査工程、品質情報、リサイクル材比率などの情報追跡ができるようになります。
企業事例③ 丸紅(商社)
トレサビリティ管理プラットフォームを活用した日本版DPPの対応のシミュレーションを、2023年よりジャパン・サーキュラー・エコノミー・パートナーシップやオランダのCirculariseと連携して開始しています。
DPPソリューションベンダの事例
DPPの運用では、製品をデータとして管理する必要があることから、従来以上にデジタル技術の活用が重要な位置付けとなります。デジタルID、プラットフォーム、ブロックチェーンなどDPPの運用に必要な技術を有したソリューションベンダの台頭が目立ちます。
企業事例➀ Circularise(オランダ)
ブロックチェーン技術に基づくサプライチェーン上のトレサビリティソリューションを提供しています。EUで2026年から導入が義務付けられるバッテリーパスポートの開発プロジェクトへの参画実績などを有しています。
企業事例② digglue(日本)
2023年8月にDPPに対応したシステム「MateRe-DPP」を体験版としてリリースしており、製品に付与したQRコードやJANコードなどから製品情報を読み取ることができる機能などを有しています。
企業事例③ EON(米国)
各製品の追跡を可能とするプラットフォームを主に小売業向けに提供しており、アパレル関連のハイブランド製品メーカーなどの同社顧客が自社製品のDPP対応をするためのソリューションを提供しています。
企業事例④ LyondellBasell(イギリス)
製品の環境への影響などを記載したDPPの作成やデジタルツイン化のソリューションを開発しています。üソリューション提供にあたり、Circulariseと連携し、同社のトレサビリティソリューションの活用を進めています。
企業事例⑤ MyLime(イタリア)
同社はブロックチェーンベースのトラッキングプラットフォームを開発しており、各製品のDPPを作成することができます。また、デジタル空間でも製品の真贋性の保証を高めることができるように、DPPに紐づいたNFT(ノンファンジブルトークン)の作成にも対応しています。
まとめ
脱炭素化の潮流のなかで、資源循環・サーキュラーエコノミーに関するルールメイキング(法規制)がグローバル市場で従来以上に具体化すると見込まれます。その対象領域は、特定領域に限らず、さまざまな産業で適応が進むと想定されます。
資源循環・サーキュラーエコノミーに関する最新の施策となるDPPは、今後、業界・業種を問わず、避けては通れない重要な経営課題となっていきます。
記事制作 アックスタイムズ
この記事の元となる「体系的に整理された調査報告書」について
調査報告書名:デジタルプロダクトパスポートのグローバル政策・業界対応・市場動向に関する調査 2023年版
発行日 :2023年11月14日
体裁 :PDF_Slide16:9_31pages
調査・制作 :アックスタイムズ株式会社
[目次・調査概要]
https://axetimes.com/report/research-about_digital-product-passport_regional-policy-and-market-impact_global_2023-11/
[税込価格]
事業所ライセンス版PDF 33,000円(税抜30,000円)
企業ライセンス版PDF 49,500円(税抜45,000円)
グループライセンス版PDF 82,500円(税抜75,000円)
デジタルプロダクトパスポートのグローバル政策・業界対応・市場動向に関する調査 2023年版
欧州・米国・中国・日本のDPP関連政策や政府の方針、関連する業界や主要企業の動向を体系的に整理することにより、DPP導入による市場の変化や今後の方向性について分析しました。